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News Letter

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「ドルの歌を通じて見た北朝鮮の民心変化:笑いの中に隠れた体制の亀裂」

 

 

 

 


イ・ジョンウ元北朝鮮労働党司法検察担当

 



2024年下半期から北朝鮮内のドル相場は急速に不安定になった。中朝貿易が部分的に再開されたが、北朝鮮内部の外貨供給は制限された反面、需要は増加した。2023年末、1ドル当たり約9万ウォン(北朝鮮ウォン)水準だった為替レートは、わずか数ヵ月間で12万ウォン台を超え、2025年2月基準では1ドル当たり24万ウォンという証言まで登場した。

 

これは単なる為替問題ではなく、通貨信頼の崩壊を象徴するものである。北朝鮮住民の取引単位はすでに「ドル」中心に再編されて久しく、国政価格と市場価格の乖離はさらに大きくなった。



 為替レートの上昇に直面した当局は対応に乗り出した。2024年末から当局は個人間の外貨取引禁止を強化し、市場内のドル使用を取り締まり始めた。「ドルを受け取り物を売って摘発されると、その立場が剥奪され、一ヶ月間のトイレ掃除という罰則」を与えられた。検閲官は一般客を装って秘密裏に取引を誘導し、処罰する。

 

しかし、逆説的に市場管理所は各種「支援事業費」の名目で国のお金(KPW)ではなくドルだけに固執する。住民は公式に外貨を使うことができないが、当局には外貨を提供しなければならない。このような二重構造に対してある住民は「笑わせるが誰も笑えない」と表現した。体制への信頼が崩れる典型的な条件がここにある。

 

このような背景から北朝鮮住民の間に広がった流行歌がまさに「ドルの歌」だ。この歌は単なるユーモアや大衆歌謡ではなく、多様な階層の心理を滑稽に表現した民衆文化現象である。

 

ドルを保有する住民たちは「誰に話そうか、すぐに事情を娘にも言えない気持ちを…」と歌うという。革命歌劇「密林よ、話せ」から出てくる歌であるが、ドルはあるが使い道がなく、誰を信じられるかも不透明な状況を歌に比喩して歌うのだ。お金を持っている者でさえ、社会的孤立感と不安を訴えているのだ。

 

市場で商売をしながら生計を立てている彼らは「歳月よ、過ぎ去ってみろ、私たちの心は老けるものか」という金正恩時代に作られた歌を歌う。これは為替レートの変動をあきらめの中で受け入れる市場商人たちの心理が込められた歌と見られるが、経済的困難の中でも体制を信じるよりも市場に頼りながら持ちこたえるという心理が含まれている。

 

ドルもなく、商売もできない住民たちは為替レートの変動について「天に祈るように信じて生きています、将軍様を信じて生きています」という歌を歌う。何も持っておらず取引する機会もない彼らが、体制を滑稽に批判する歌を歌うのだ。

 

北朝鮮において「ドルの歌」はそれ自体で一つの非政治的な言語抵抗である。当局は言葉と表現を統制するが、住民たちは歌と冗談、暗示とユーモアによって社会を分析し、体制を批判する。

 

このような抵抗は、体制を揺るがす直接的な行動ではなく、体制を笑いものにし、正当性を腐食させる方式だ。笑いは順応の表現のように見えるが、内部ではそれ自体が質問であり挑戦である。

 

市場への取り締まりを遂行する市場管理所の所長は、もはや単なる行政の人ではない。彼らは各種の「支援事業費」を受け取り、検閲を総括し、市場の流通資金を統制する権力者となった。「ドル」を統制する構造において二重性と恣意性が発生し、それがすなわち市場不信と体制疲労感につながる。ある住民は「党は怖いのではなく、市場の所長がもっと怖い」と話す。市場が体制を食べている構造、それが北朝鮮の新しい民心の地形でもある。

 

北朝鮮の住民は依然として公開的な抵抗やデモをすることができない。 しかし、彼らは言語を変え、歌によって風刺し、お互いに現実を笑いながら伝える。「ドルの歌」は体制を正面から拒否する扇動ではないが、心理的な距離を置くことを宣言する社会的言語である。

 

体制の本当の危機は政策失敗ではなく、人々の内面から信頼が消える瞬間から始まる。そして今、北朝鮮ではその静かな変化が冗談と歌という形によって始まっている。 

 

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